03special
“よみもの”
20151220
EU、それはスーパー「国家」なのか?
日本において、EUはめずらしく批判されることが少ない国際機関かもしれません。帝国主義やファシズムというヨーロッパの「負の遺産」から切り離され、むしろ「独仏和解」や「平和」といった未来志向のイメージで語られることの方が多い存在です。戦後、近隣諸国との友好関係と信頼の確立に失敗してきた日本人にとっては、強固な絆と結束力に根ざした地域統合こそ、国民国家の悪弊を克服し、近隣諸国との間で平和と友好関係を築きうるモデルとも思われたのです。では、実際のところ、ヨーロッパ統合とはいかなる空間であり、EUはいかなる組織なのでしょうか?
EUを国家のイメージで語る人も少なくありません。将来、ヨーロッパにおいて国家が消失し、EUのみが存在するとすれば、EUは確かにヨーロッパ大のスーパー国家となるかもしれません。確かに、EUには限定的ですが、立法権、裁判権、外交権、はたまたユーロという通貨にいたるまで、国家の特権とおぼしき権限・制度が備わっているのです。
しかし、一見、「国家もどき」に見えるEUですが、国家の消滅を目指しているわけでも、またスーパー国家を目指しているわけでもありません。現在、ヨーロッパで生成しつつあるのは、権力にせよ、アイデンティティにせよ、国家とEUが渾然一体となりながら、重なり合う、月見団子のような空間ともいえます。そしてそのネットワークの頂点に位置しているのがEUなのです。そこは、ヒト・モノ・カネ・サーヴィスが、境目なく自由に移動する空間であり、国民国家の形成により息を潜め、パリやロンドンといった「首都」に対し、「鄙(ひな)」として、劣等感を抱いてきた地域やアイデンティティ(「くに」や、「おらが村」といった土地や地域文化、共同体的な人間関係に根ざした空間)が、再び息を吹き返そうとしているのです。もちろん、こうしたダイナミズムの代償として、犯罪やドラッグも(そして「商品」としての人間さえ!)「流通」しているのですが。
何が統合を生んだのか?
では、なぜ、どのような意識から、ヨーロッパ人は、この救世主ともモンスターとも判然としないEUを生み出したのでしょうか。
ヨーロッパ統合といえば、自由な市場といった経済のイメージが強いかもしれません。しかしその基盤には、民主主義への強いこだわりが存在しています。つまり、第二次世界大戦の戦災と、東西ヨーロッパ分断の悲劇を生んだ冷戦の中で、ファシズムと侵略戦争を克服し、ファシズムとの共産主義とも異なる、ヨーロッパ独自の政治・経済・社会体制をつくりあげようという強い意志こそが、統合の出発点に存在しているのです。こうした価値観の共有の上で、ドイツとその被侵略国は、和解と友好関係を誓い合うことができたのです。
また、統合の背後には、歴史の浅さにもかかわらず、20世紀の大国となったアメリカに対する強烈なライバル意識も見え隠れします。文化と伝統を誇るヨーロッパは、アメリカの経済的繁栄と豊かさ、何よりそのダイナミズムに嫉妬せずにいられませんでした。戦間期の知識人は、没落しつつあるヨーロッパの「危機」に警鐘を鳴らしましたが、戦後米ソの覇権の谷間において、ヨーロッパの官僚と政治家は、むしろ「統合」によって、その「救済」を試みたのです。
「25カ国のヨーロッパ」の出現とグローバリゼーションの中の「不安」
ベルリンの壁崩壊後、共産主義のくびきにあった中東欧諸国は、共産主義からの脱却・転換を迫られました。そして約15年間におよぶ民主化と市場経済体制への移行という試練の末、2004年に15カ国がEUへの加盟を達成したのです。ヨーロッパの人々からすれば、これは単なるEUという制度の拡大にとどまりません。冷戦に苛まれ、「誘拐」され、引き裂かれていた中東欧が、約半世紀を経て、西欧と「再会/再統一」する歴史的瞬間だったのです。
そして、このフィナーレを飾り、新生ヨーロッパの誕生を記すものこそ、「欧州憲法条約」であるはずでした。しかし、2005年現在、暗雲が立ち込めています。なんと、ヨーロッパ統合の「推進力」であったフランス人が、国民投票において「ノン」を表明したのです。
フランス人の「ノン」は何を意味しているのでしょうか。フランスに限らず、EU各国において「ヨーロッパ」を支持してきたのは、一般的に高学歴・高収入のエリートでした。数ヶ国語を操り、国際的に活躍することも多い彼らにとっては、EUの「大市場」こそ、その成功を保証する空間だったのです。一方、「外国」とは縁遠い一般庶民にとって、ヨーロッパなど、さしたる関心の対象ではありませんでした。しかし今回の投票では、従来EUを支持してきた、エリートではない新中間層(フランスでは公共サーヴィスの割合が高く、女性も多い)が新たに「ノン」に加わったのです。
アメリカとは異なり、EU諸国は、戦後、厚い福祉国家を築き上げ、「価値の共同体」ともいうべき独自の価値観を育んできました。その中で、新中間層は、各国の戦後社会の安定の土台を担ってきたのです。
90年代のヨーロッパ諸国は、グローバリゼーションの熾烈な国際競争を、アメリカ的なリベラリズム、自由競争、民営化等を導入することによって乗り切ってきました。しかし、そこから生まれた社会は、望ましい社会ではありませんでした。グローバリゼーションの荒波の中で、民営化や競争の激化にさらされ、数年先の雇用・生活さえ不透明な状況に直面し、その安定はもはや過去の幻影となりつつあります。
フランスのあわい幸福がもろくも崩れさろうとしている・・・。電気・ガス公社、高速道路の民営化構想に、そしてサービス業の自由化に、半ばアレルギーとも言える猛反発を示すフランス。国民投票後のフランスでは、「リベラル」という言葉は、戦後フランスが築き上げてきた「フランス社会モデル」を掘り崩し、グローバリゼーションの「悪」の象徴であり、国民の「敵」として認識される傾向にあります。そこではEUはあたかもその「黒幕」、とでもいうべき存在に映っているのです。
グローバリゼーションという出口の見えない、後戻りもできないトンネルの中で、ヨーロッパはいかなる未来にむかって進んでいるのでしょうか。ヨーロッパ社会は、EUが築いてきた「価値の共同体」を維持しえるのでしょうか。EUをめぐる議論は、東アジア共同体が議論される日本にとっても、極めて興味深い示唆を与えてくれるのかもしれません。
■参考文献■
《EUとヨーロッパ外交を楽しむ本》
バンジャマン・アンジェル&ジャック・ラフィット(田中俊郎監修、遠藤ゆかり訳)
『歴史的大実験の展望:ヨーロッパ統合』(創元社)
高橋進 『歴史としてのドイツ統一、指導者たちはどう動いたのか』(岩波書店)
細谷雄一 『外交による平和-アンソニー・イーデンと20世紀の国際政治』(有斐閣)
細谷雄一 『大英帝国の外交官』(筑摩書房)
いずれも、着実な歴史研究でありながら、その豊かな筆致から、ヨーロッパ外交の洗練としたたかさを味わうことができよう。
《EUを学ぶ本》
平島健司 『EUは国家を超えられるか』(岩波書店)
ロベール・フランク(廣田功訳)
『欧州統合史のダイナミズム、フランスとパートナー国』(日本経済評論社)
森井裕一編 『国際関係の中の拡大EU』(信山社)
田中俊郎 『EUの政治』(岩波書店)
中村民雄編 『EU研究の新地平:前例なき政体への接近』(ミネルヴァ書房)
小川有美編 『EU諸国』(自由国民社)
小川有美・岩崎政洋編 『アクセス地域研究II』(日本経済評論社)
細谷雄一 『戦後国際秩序とイギリス外交―戦後ヨーロッパの形成、1945-1951年』
渡邉啓貴 『ヨーロッパ国際関係史:繁栄と凋落,そして再生』(有斐閣)
~TEA BREAK~
外来語クイズ
日本語のなかにはたくさんの外来語があります。それぞれの言葉が何語から来たのか、あててみましょう。
15問以上正解すれば、かなり外国語通?
1.クロワッサン
2.バウムクーヘン
3.ティラミス
4.グミ(お菓子の)
5.パン
6.タコス
7.キムチ
8.ランドセル
9.ケチャップ
10.オペラ
11.カルテ
12.スリッパ
13.キオスク
14.ボレロ
15.ブーケ
16.アルバイト
17.リュックサック
18.レストラン
19.カルビ
20.タバコ
【答え】
1.フランス語、「三日月」の意味
2.ドイツ語、バウムは「木」、クーヘンは「ケーキ」
3.イタリア語、「私を天に連れてって」の意味
4.ドイツ語、発祥の地はドイツなのです
5.ポルトガル語
6.スペイン語、「タコ酢」ではない
7.朝鮮語
8.オランダ語
9.元来は中国語、後に英語に
10.ラテン語からイタリア語に
11.ドイツ語、英語のカードのこと
12.英語、「足を滑り込ませる」の意
13.トルコ語、後に英語・仏語に
14.スペイン語
15.フランス語
16.ドイツ語、「仕事」の意味
17.ドイツ語、山関係はドイツ語が多い
18.フランス語、後に英語にも
19.朝鮮語、バラ肉のこと
20.ポルトガル語
*ただし語源については諸説ある場合があることをお断りしておきます。