03special
“よみもの”
20151220
ジェンダーとは何か
みなさんはジェンダーということばを聞いたことはありますか。一般には生物学的性別(雌雄)に対して、社会的性別(女らしさ・男らしさ)を指すものと定義されています。しかし、わたしたちが日常的に性別について語るとき「男性は○○だ」、「女性は××だ」という言い方をすることを考えると、結局のところわたしたちの考えている性別そのものがジェンダーなのだ、ということがわかってきます。というのも、この○○あるいは××にあたる部分は生物学的な性別というより、男性や女性についてのことばやイメージによる社会的な意味づけだからです。
芸術をめぐる問い
ところで、みなさんの多くは、芸術は普遍的なものだ、その価値には地域や時代、性別や年齢など関係がない、と思っていませんか。はたして本当にそうでしょうか。どうして美術でも音楽でも文学でも、女性の芸術家より男性の芸術家のほうが多いのでしょうか。どうして芸術と聞くと、ついヨーロッパやアメリカの芸術作品を思い浮かべてしまうのでしょうか。
ここには大きく分けて二つの問題があります。ひとつは社会制度の問題です。男性のほうが芸術的に優れていると考える前に、はたして女性は男性と同じ教育や職業訓練を受けることができたのかを考える必要があります。実際、ドイツを例に挙げると、20世紀に入るまで、女性には大学進学は認められていませんでしたし、また女性が作家を志すことははしたないと思われていました。もうひとつの問題点は誰の視点からの評価かということです。ジェンダー的に見ると、男性的な見方が優勢であった(ある)といえるでしょうし、また地域的に見ると、アメリカ、ヨーロッパ的な価値観が圧倒的な力を持っていた(いる)といえるでしょう。
ジェンダーという視点との出会いは、このように、これまで絶対的だと思っていたものの自明性が揺らいでくるわくわくするような体験であるとともに、わたしたちの価値観や生き方をもう一度問い直すものでもあるのです。
ベルリンのモダンガール
最後に「ジェンダーと表現」を考えるための具体的な研究テーマを挙げてみましょう。
1920年代のベルリンでは、「新しい女」というモダンガール現象が見られました。モダンガールの典型は、おかっぱ頭に、膝丈のスカートを身にまとい、都会をさっそうと歩く若いOLです。今でこそ短い髪も膝丈のスカートも珍しくもありませんが、長い髪を結い上げ、くるぶしまで隠れる長いスカートをはくことが女性のたしなみであった当時の人たちの目には、それはとても革命的なことに映りました。また第一次世界大戦に敗北し、自信喪失気味であったドイツの男性のなかには、この活動的な女性たちを、男性としての自分たちを脅かす存在と危険視するものもいました。こうした時代背景をうけて、女性はさまざまな芸術分野に進出していきます。新聞や雑誌などの印刷メディアが急速に発展したこの時代には女性作家が急増。とりわけ女性雑誌の創刊によって、女性のニーズに応えられる書き手が求められるようになります。絵画とは違って、芸術としての伝統が浅く、比較的アクセスしやすかった写真の分野では多くの女性が活躍しました。またこれまでの知性偏重の風潮に疑いを投げかけるかのように、女性たちの間でモダンダンスが流行します。丈の短いスカートや断髪といった新しいファッ ションも、彼女たちの自己表現のひとつととらえられるかもしれません。こうした新しいタイプの女性の出現は、芸術の可能性をますます広げることになりました。
このように見てくると、1920年代のベルリンは「ジェンダーと表現」を考える上での宝庫のように思われるかもしれません。しかし、こうした研究もジェンダーという視点を得たからこそ可能になったのです。ドイツですら「ベルリンのモダンガール」の本格的な研究が始まって10年くらいしか経っていません。さまざまな分野でまだ掘り起こされていない宝が、みなさんを待ち受けています。
■参考文献■
弓削尚子 『啓蒙の世紀の文明観』 (山川出版)
フライア・ホフマン(阪井葉子/玉川裕子訳) 『楽器と身体』 (春秋社)
ヴァージニア・ウルフ(川本静子訳) 『自分だけの部屋』 (みすず書房)
ジョアナ・ラス(小谷真理編訳) 『テクスチュアル・ハラスメント』 (インスクリプト)
光末紀子 『書きはじめた女たち』 (鳥影社)
田丸理砂/香川檀編 『ベルリンのモダンガール』 (三修社)
Bubikopf und Gretchenkopf. Die Frau der zwanziger Jahre. Heidelberg: Edition Braus, 19
~TEA BREAK~
「女の子(Mädchen)」という語の不思議!
日本語で「うちの会社の女の子」という言い方をよく耳にするが、この「女の子」という言葉、とても気になる。
小学生も20歳過ぎの女性も同じなのか、と思ってしまうからだ。
実はこうした用法はドイツ語にもある。
1920年代、「ベルリンのモダンガール」の典型と見なされたのは、都会で働く若いOL。当時の小説などを読むと、未婚既婚にかかわらず、事務職や販売職の女性は「女の子(Mädchen)」と呼ばれることが多い。こうした事実が示しているのは、選挙権を得たって、職場に進出したって、結局、女性は一人前に見られていないということ。現在のドイツはといえば、これは個人の価値観に負うところが大きい。女子学生に向かって絶対に「女の子」と言うことばを使わない人もいれば、何も考えないで「女の子」という人もいる。ちなみに「若い女の子(das junge Mädchen)」は若い女性の意。「若い」と「女の子」という結びつきがなぜか少女ではない、若い女性を表わすのだ。