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“よみもの”

20151219

表と裏のメッセージを読み解く

文学部 英語英米文学科 饒平名尚子 教授

美しい刺繍の裏側を見ると、なんだか表側の様子が、ぼんやりとはわかるけれど、糸がまじりあってとても複雑になっていますね。表側からだけでは見えない、わからない、裏側の糸のもつれあいや複雑な位置関係。それらがあってこそ、とでもいうのでしょうか、表側とまさに表裏一体となって一つの刺繍ができているわけです。

人間のことばのやりとりは、まさにそのような表と裏の複雑な関係から成り立っているのではないでしょうか。ことばとして発せられた部分が表の糸だとすると、その刺繍は糸が通されなかった部分を背景にして、糸の色や形が主張され表現されていきます。言わなかった部分があるからこそ、白地の部分があるからこそ、糸の形や色が意味を持ちます。

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裏側を見てみると、その表の糸を表現させるための別の動きがあることに気づきます。それもまた、表と文字通り表裏一体となって一つの表現となるのです。

デボラ・タネンというアメリカの言語学者は、コミュニケーションにおけるメッセージとメタメッセージの区別を大切にすることを主張しました。メッセージとは実際に発せられたものです。たとえば、「なんでできなかったの?」と親が子どものテストの答案を見てため息まじりに言っていると想定しましょう。「なんでできなかったの?」と発せられたことばが、メッセージと呼ばれます。刺繍でいうなら、表側です。

しかし、私たちは表側だけがすべてではないことを知っています。そこには、できなかった原因を純粋に知りたいという親の思い以外のものが見え隠れしています。原因を知りたい以上に、まず親の気持ち「あなたの成績にはがっかりした。」という思いが、ため息から伝わってきませんか?さらには、がっかりしただけでなく、「腹が立っている、いらいらさせられている」という感情も伝わってくるようです。子どもとしてはこのようなことばを投げかけられれば、つい「わかっているよ。うるさいなぁ」と言い返したくなるところです。自分の成績に対する否定的評価がふってきたわけですから、防御に入ります。「親の頭が悪いからだろ」などと攻撃にでるかもしれません。

ことばとして発せられた質問は、落ち着いて考えれば、悪かった原因を明確にして、次に同じ失敗をしないようにしよう、という前向き・肯定的なものとして役に立つ「はず」の質問です。でもそれが「否定的評価と不快感の表明」として受け取られることの裏にはわけがあります。メタメッセージという別の意味がそこに込められている、少なくとも受け手側はそう感じるのです。

さぁ、ここで裏側の登場です。メタメッセージとは、タネンによれば、人間関係における立場や気持ちを伝えるもので、しばしば真の意図を伝えることがあります。さきほどの例でいえば、親が子どもの一段上に立って見下すような構図が見て取れます。「わたし(親)は、あなたの悪い成績を否定的に評価する立場にある」ということを暗に伝えています。つまり人間関係におけるパワーの差、上下関係の差がまず伝わります。誰でも、他者から「あなたは一段下。私のほうが一段上」という位置関係を押し付けられればいやな気分ですよね。

メタメッセージは、ことばの選び方はもちろん、声の調子、トーン、顔の表情、話すときのスピード等、ことばを発するときにことばに覆いかぶさってくるさまざまな要素(これを専門用語でパラ言語的要素と呼びます)によって伝わります。お母さんの厳しい顔の表情、ため息、いらいらした声の調子・・・そのようなものが話し手の否定的感情を伝えているのです。

だから、受け手側はメタメッセージに敏感に反応します。ことばでどんなことを言っても、メタメッセージに込められた、話し手と聞き手の今ここで起きている心理的距離感、人間関係への評価に関する情報を読み取っているのです。

「なぜできなかったの?」ということばの裏に、「勉強しなかったからでしょ?あれだけ言ったのに。お母さんのいうことをちゃんと聞かないからこんなひどい成績とってくるのよ。」というさまざまな裏面のメッセージを受け取るのです。だからこの質問は、しばしば子どものやる気を起こさせるためには何の役にも立たない、とまで言われるのです。

そうはいっても、私たちは生きていくうえで、失敗は当然ありますし、その原因を見つめ対処する必要があります。どうしたら、前向きに一歩進むために失敗の原因を考えることを、相手に促すことができるのでしょうか。

ここでもまたメタメッセージの登場です。メタメッセージで「あなたの応援団です。あなたを否定するのではなく、さらに前進し成長するための一歩を踏み出せるように、一緒に考えたいのです」という思いを伝える工夫が必要です。

応援団は、自分が主役ではないことを知っています。相手が主役です。最終的に勉強するのも、それを選び取るのも、相手です。これは相手の能力や主体性を尊重することでもあります。私自身親ですので、子どもに対するコミュニケーションのむずかしさは痛いほど経験してきました。きっと皆さんのご両親も苦労されたでしょうし、皆さんも友人や後輩へのサポートに苦労しているところでしょう。あなたを尊重している、というメタメッセージはどうしたら伝わるのでしょうか。頭ごなしに否定的評価をするのではなく、サポートできることはないか探している、というメタメッセージを伝えるにはどうしたらいいのでしょうか。

先ほどメタメッセージは、ことばの選び方とその言い方に左右されると書きました。言い方を、いらいらした声の調子から、落ち着いた暖かい声の調子に変えてみる、というのも一つの方法です。顔の表情はどうでしょう?そしてことばの選び方は?「なぜできなかったのか?」を「どうしたらできるだろう?」という未来志向の肯定的疑問文に変えるだけでもずいぶん違う、とコーチングではよく言われています。これらが表裏一体となってコミュニケーションがなされていくと、どうでしょうか?「なぜできなかったの?」とため息交じりに厳しい表情で暗い声で言われるときと比べて、聞き手としては相手のいうことを受け取りやすくなりませんか?落ち着いた声と暖かいほほえみで、ゆっくり「どうしたらできるだろう?」と聞いてみるとき、心のスタンスは、「あなたの応援団として、あなたを信頼し尊敬しています」というポジションをとることが大切です。

言語学の中でも社会言語学という社会とことばの関係を考える分野では、このようにことばの表と裏を丁寧に読み解くツールを学びます。メタメッセージの解釈には文化的な要素も大いに関係しますので、日本人と外国人の間で起こる「なんとなく変だ」「ことばは一応わかるのに、なにかぎこちなくて不快」という思いやミスコミュニケーションにも、このメッセージとメタメッセージが深くかかわっている例が多いのです。そのために、会話を録音したり録画して、実際のちょっとした間やいいよどみ、あいづちのうちかたなどにも注意を払いながら、会話を読み解くとき、コミュニケーションの謎が少しずつわかってくるのです。

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