03special
“よみもの”
20151219
みなさんはバングラデシュという国をご存じでしょうか。インドに隣接し、1971年に独立を達成した、比較的新しい国のひとつです。
この春、私は1週間ほどバングラデシュに滞在しました。午後4時過ぎに成田発の飛行機に乗り、香港で乗り換えて首都ダッカ到着は夜中の1時頃。日本との時差は3時間ですから、出発してから現地空港までだいたい12時間の旅でした。私がはじめてダッカを訪れ暮らしたのは20年以上も前のことです。その頃のダッカは、緑がまだ多く残り、バスやトラックは走っていても乗用車はまばら、信号機はほぼゼロ、代わりに派手な彩色を施したサイクル・リキシャがチリリリリンとベルを鳴らして大通りや路地を行き交う、厳しい貧しさの中にものんびりした雰囲気の残る街でした。それが今や、人口は1千万人を超え、世界第9位に位置すると言われる喧噪の大都市です。
「最貧困国」のラベルは今もこの国に張り付いていますが、経済的にも社会的にもあらゆる場面で大きな変化が生じてきたのも確かです。渋滞、騒音、汚染そして人の波に飲み込まれそうになりながら、調査のために1週間駆け回ると、帰国する頃にはすっかり疲労困憊。でも、旅行バッグには収集した文献やデータが、我が身にはバングラデシュの空気・音・エネルギーがぎっしり詰まっています。
さて、私の専門は開発経済学です。研究のフィールドは今述べたバングラデシュやインドなど、主に南アジアの開発途上国。インドについては労働と開発を主要な研究テーマとし、バングラデシュについては貧困や社会・経済開発全般に関心をもってきました。そこで、関連するさまざまな資料・文献を読み、統計データを使って分析し、考察を進め、仮説を検証し、論文にまとめることが普段の私の研究上の仕事です。けれども、途上国の研究はそれだけでは不十分。開発経済学は、開発途上国に暮らす生身の人間を対象にし、現実の経済・社会のダイナミズム・仕組みについて考える学問ですから、机上で組み立てた論理に血を通わせ息を吹き込むには、フィールドに出ることが必要になります。現地・現場を訪れ、歩き、見て、聞いて、そして考える。文献を読み、データを見てまた考える。念入りに準備を行い、ヒヤリングやアンケート調査を実施することもあります。現地で出会うすべての事象が、研究を進めるうえでのヒントを与えてくれると言ってもいいかもしれません。
ただし、フィールドでの限られた経験に基づく即断、思い込み、安易な一般化は禁物。地道な学術的蓄積の上にこそ、ヒントを見逃さず活かす力が生まれ、理論・実証・観察が絡まりあってこそ、より深い洞察と理解につながっていくのですから。みなさんにも、基礎的な学習をしっかり積み重ね、経済構造や開発理論を学びつつ、フィールドに出て考察を深めてほしいと思っています。